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●逆まつ毛




わー、また逆まつ毛だわ。
アカデミーに急ぎながらも目を瞬く。
せんせー、おはよーございまーす!」
「あ、おはよー!」
軽やかに駆けていく子供たちへの挨拶もそこそこに目を庇いながら早足を続ける。
早く自分の席に着いて処置したい。
どうしてこんなにしょっちゅう逆まつ毛になっちゃうんだろ?


泣いているような格好になりながらもどうにか職員室の入り口までたどり着いた。
「あ、先生、おはようございます!」
と明るい声で挨拶してきたのは私の大好きなイルカ先生だ。
わわわ〜、こんな無様な格好は見られたくない。
「お、お、おはようございます」
イルカ先生の横をすり抜けるようにして席に着く。
例え脈はなかろうとも好きな男にブサイクな顔は見せたくないのが女心というものではないか。
片目でチラリと見たイルカ先生は今日も男前だった。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
ハンカチとポーチを探って鏡を取り出す。
机の上に並べた本の影に隠れるようにして鏡を覗けば充血して滂沱と涙の流れる左目。み、醜い。
とりあえず涙を拭かなくては。



小さくなってハンカチで涙を拭いていると「あの…」と遠慮がちに声をかけてくる人がいる。
心配そうな声で
先生、どうかされたんですか?」
と。
イルカ先生だ。(ひゃーっ!)
「い、いや、いえ、なんでもありませんので」
と目を押さえたまま答えると明らかに動揺した気配が伝わってきた。いや、動揺しているのは私の方かも。
「…! 先生、泣いているんですか!」
今にも覗き込んできそうな勢いである。
「泣いてなどいません」
答えて背をむけようとするとグイっと肩を掴まれバッチり向き合わされてしまった。ギャーッ! ホントに泣きたくなってくる。
「…泣いているじゃないですか。…その、俺でよければ訳をきかせてもらえませんか?」
やけに真剣なイルカ先生に申し訳なくなって本当のことを言わざるをえなくなってしまった。
こんな些細なことを大真面目に心配してくれるイルカ先生。大好き…!


「…逆まつげなんです」
我ながら情けない声をしている。
「へっ?」
思いがけない答えだったのかイルカ先生はキョトンと一瞬の間、固まってしまった。
しかしすぐに表情を和らげると
「俺、逆まつげを抜くの、得意なんです」
と笑った。(なんて素敵な笑顔だろ…!)
「子供たちの中にいるでしょう? しょっちゅう逆まつげになる子」
と言いながら手近にあった椅子を引き寄せ掛ける。
揃えた膝が足を開いて座ったイルカ先生の腿に当たるほどの至近距離。めまいを覚えて目の痛みも忘れそうだ。
…って! イルカ先生の左手が私のほっぺを触ってる!! うわぁーーーーーッ!!
こ、こ、こ、こ、この状況はまるで何度も夢見たイルカ先生とのチュウ・シチュエーションの再現っ!!? 
緊張と妄想が心臓から血液と共に全身を駆け巡り息をするのさえ苦しい。
夢の中だったらこのまま目を閉じてイルカ先生のくちびるを待つだけ…。待つだけ…。だけ…。……。


「…あの〜、先生、目を開けてもらえますか」
まつげが抜けないじゃないですか‥と苦笑まじりのイルカ先生の声が聞こえて我にかえった。
な、なんたること! 白昼堂々妄想の中に陥るとは! それも本人を目の前にして!!
「えっ!? あっ!…ガハっ! いえ、す、すみません…」
噴き出るオカシナ汗と羞恥心! (援軍は来ないのですかーーーッ!!?)


「じっとしてて下さいよ? 目を突いてしまったら逆まつげどころじゃないですから」
そう言いながら逆まつげの存在を認めたらしいイルカ先生は狙いを定めて右手の親指と人差し指を『グー』のマークにして近づけてくる。(真剣な表情も素敵…!)
イルカ先生の手に荒々しい鼻息がかかっては恥ずかしいから息を止めて目だけで
『はい』
と合図した。一応、私もオトメの端くれなのだ(と、自分では思っている)。
無心になろう。まつげを抜いてもらうまでは。自分でも無理な相談だとわかっているけれどこれ以上挙動不審な姿を晒すのは流石にツライ。
すっ、と息を吸う音がしてイルカ先生も息を止めたのだとわかった。
器用に小指側の手の側面で下まぶたを開くと(今の私の顔、すごいブサイクに違いない)あっという間に逆まつげはイルカ先生の指の間に収まっていた。
痛みも少しチクリとしただけだった。すごい! イルカ先生!
「とれましたよ」
にっこりと笑いながら下まぶたの周りに滲んだ涙を親指の腹でぬぐってくれる。
慣れた手つきにちょっぴりヤキモチを感じつつも危うくまた目を閉じるとこだった。それより早くお礼を言わないと!


「ありがとうございます。すごい早業でちょっと感動しました。また逆まつげになったらイルカ先生に診てもらおうかな…?」
我ながら上出来!(妄想シミュレーションの賜物)
「いいですよー。いつでも診てあげます。…あ、でも」
笑顔を消して言いよどむイルカ先生の姿にさっと不安が広がる。さっきまでのドキドキとは違うドキドキで胸が苦しくなってきた。
「でも…?あっ! すみません。つい調子に乗っちゃって。逆まつげくらい自分で処理しないと、ですよね」
顔で笑って心で泣くってこういう時のことをいうんだろか?
「いやいや! 違うんです!…その、先生は読心術、されませんよね?」
遮るように言うイルカ先生は珍しく落ち着きがない。
「?? …それって心を読む方のドクシンジュツですか?」
「そうです。心の方。チャクラから心を読む人がいるでしょう?」
「ん〜。口を読む方は得意なんですけど、心の方は全然ダメで……。イルカ先生のお役には立てそうにありません」
何か任務でもあるんだろか? それともイルカ先生が個人的に心を知りたい誰かがいるんだろか?
後者だったらさっきまでのことは本当に夢だったんだと思わなきゃいけない。
そんな私の気持ちなど知るはずもないイルカ先生は「よかったー」なんて言っている。
何がよかったというのか。
「あの〜、イルカ先生?」
「えっ? あっ! いや、先生が妙に挙動不審だったり目を瞑ったりするもんだから、オレ、てっきり、その、あの……あ゛っ! いやいやっ! なんでもないです! 本当に逆まつげ抜くの、得意なんでいつでも言ってくださいね! じゃ、オレ授業に行きますからっ!」
そういうイルカ先生も充分に挙動不審だったけど、別に怒ったふうや嫌われたふうにも感じなかったのでとりあえずホッとした。
やっぱりイルカ先生は親切で優しい。
読心術が何だったのかちょっと気になるけど、この際、まぁいいや、と思うことにした。
どうしても気になればイルカ先生に訊いてみればいいことだし。


今日は一日幸せ気分で過ごせそう。というか今晩、眠れないかも…! うふふ。
「いっちょ、がんばってきますか!」
大きな声で独り言して私も職員室を出た。




おわり



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