--オサエラレナイ--
「うわっ」
生徒達はとっくに帰宅して静まる校舎内。
一つの教室の中から声が聞こえ、そっと覗いて見れば中でイルカが沢山の紙切れを拾っていた。
イルカはアカデミーの教師。事務を担当しているはあまり話しをした事はないがその滲み出る人柄の良さから好印象を抱いていた。
「大丈夫ですか?イルカ先生」
しゃがみ込んでいたイルカが急に声がしたのに驚いたのか、急いで立ち上がり、教卓に頭をぶつけた。
その様子に、つい笑ってしまえば、イルカもつられて笑った。
「なんだかさんに、格好悪い所見られちゃいましたね」
「あれ?私の事知ってるんですね」
「そりゃあ・・・知ってますよ・・・」
「そうですよね。だって事務やってますもんね。とにかく、それ拾うの手伝います」
もイルカと一緒に座り込み、手伝う事にした。
「これ・・出席簿みたいですね」
「そうなんですよ、閉じてた紐が取れちゃいまして・・・。ついでに他の書類まで落ちちゃって」
普段会話を交わした事がない事もあって、その後は黙々と紙切れを拾う。
息遣いを感じてが顔を上げると間近にイルカの顔があった。
( え? )
そのまま唇を合わせてくる。
一旦唇が離れると呟くように言った。
「ごめんなさい。前からずっと見てました」
「見てましたって・・・え?」
今度はの頬を両手で押さえ、舌を侵入させてくる。
ろくに会話を交わした事もないはずの男なのに、嫌じゃなかった。
意識した事もない、それなのに・・・。
長い時間が経過したのち、2人はやっと離れた。
イルカはの手を握り、立ち上がらせて衣服についた埃をはらう。
「一緒に帰りませんか?」
「・・・・あ・・はい」
帰り道、の手はイルカによってずっと握りしめられていた。
そして立ち止まる。
「ここ、俺んちなんですけど上がっていきません?」
(え?それはいくらなんでもまずいよね・・・)
「いえ、今日はやめておきます。また今度・・・。」
は駆け出した。
何か叫んでいるような気がしたが、振返れなかった。
昨日からイルカの事が頭を離れない。
仕事中も昨日の出来事ばかり考えてしまう。
ぼーっとして、カッターで手を切ってしまった。
( 何やってるんだろ。私 )
止血しながら考える。
( 本当に嫌じゃなかった・・・。でも、イルカ先生ってキス上手いんだ。ちょっと・・ううん、凄く意外。遊び慣れてるのかな )
「大丈夫ですか?」
ふいに声をかけられて今度はが驚く番となった。
「ひゃっ・・・」
「ごめんなさい!驚かしちゃいましたね」
手がの肩に置かれる。
昨日の事を思い出し、顔が火照る。
「あの・・昨日の事なんですけど・・・」
「・・・はい」
「強引にあんな事してすみませんでした。どうしても自分が抑えられなくて・・・」
「いえ、気にしないで下さい。じゃ」
早口にまくしたて、立ち去ろうとするとイルカがの腕を掴む。
「はっきり聞かせて下さい。俺の事、嫌いですか?」
「急に言われても困ります・・・けど、嫌いじゃないです」
イルカの顔が明るくなる。
「ホントですか?嬉しいです。で、また図々しい事を言ってしまうんですが、今日、うちで飯食いませんか?」
「でも・・・」
「もちろん、さんの嫌がる事はしないです。誓います!」
その顔がやけに真剣で了承した。
部屋を訪ねるとテーブルの上には豪華な料理が並べられ、台所には鍋が散乱しているのが見える。
( きっと必死で作ったんだろうな )
想像して少し笑ってしまった。
「昨日は本当にすみません。もうあんな事しませんから」
食事が終わった後もイルカは謝っている。
「もういいんですよ、頭を上げて下さい」
がイルカの傍に座った。
視線が絡み合う。
「本当に・・・嫌な事は・・しませんから・・・」
そのまま昨日と同じように唇が合わせられた。
イルカが慌てて離れる。
「本当に、どうしちゃったんだろ、俺」
頭を抱え込んでいるイルカの腕をそっと自分に引き寄せた。
「・・・嫌じゃないから・・・いいんですよ」
今度はの方から顔を寄せ、そのまま2人は倒れこんだ。
真夜中、イルカのベッドの上で目が覚めた。
枕元の本に気付く。
「何の本・・・?」
「上手にキスをする方法」と書かれたHOW TO本だった。
(これ読みながら練習したのかな・・・)
寝ているイルカの頬にそっと触れ、また眠りについた。
-終-